2011年5月8日日曜日

大堤防と海水浴

パリからのお客様、マーク・ミリヤム・ヨウさんの3人は、昨夜の食事の後、我が家にて一泊。
昨年に引き続き、インドアキャンプと称して居間で雑魚寝!

昨夜は遅くまでしゃべっていたので、今朝はゆっくりのんびり…と思いきや、ごまめはいつもの
通り6時半に起床ときた。ヤレヤレ。
どうにか寝床で粘っていたのだが二度寝をする気配もない。仕方なく起き出し、キッチンで先に
朝食を与えたのだが、ごまめの立てる物音にもこまめの話し声にもまったく反応せず、爆睡続行
できたマークとヨウさん。さすがやわ…。


オランダ式の朝食をゆっくり食べ、スーパーに買い出しに行ったりしてから、北の方にある

1932年にできた、全長32kmの大干拓堤防。
家からは車で1時間ちょっとの道のりで、上を走る高速道路の中程にあるモニュメントという
休憩所/展望台をめざす。

北ホランド州方面を望む。
左が元はゾイデル海で干拓以来淡水となったアイセル湖。右が北海。
真ん中あたりに立っているのが、この大堤防を思いついちゃって設計しちゃったエンジニアの
レリさんの像。


北のフリースラント州方面を望む。
右下に停まっている白い日産キューブが、ヨウさんの愛車。
パリからご一行さまを乗せてやってきたのだが、オランダではとても珍しく、行き交う人々が
皆注目しているのがわかった。中には、高速道路で追い越しつつ「ええぞええぞ」的なサイン
をアピールしてくれる人もいたりして。
けっこうコンパクトなのに中は圧迫感なく広々していて、ビックリするぐらい快適だった。


それから、父が子どもの頃に行ったことがあるというCallantsoogという村のビーチに寄った。
元々そんなに有名な所ではない上に、着いたのがぼちぼち帰る人たちが出始める頃だったので
強烈な好天にもかかわらず激混みではなかった。
さらさらの白砂に腰を下ろし、潮風に吹かれながらぼんやりするのは、何ともいい気分。

こまめと父は水着に着替えて海に入る。
母は遠慮。北海の水は真夏でも冷たいんですわ…。


ごまめも入れてみようということで、父が抱えて行った。

怖がるどころか、面白がって自分から波に突進して行くごまめ。バッチコイですな。
こまめはのびのび。海は広いな大きいな〜。


お客さんのおかげで、とってもリフレッシュできた5月休みだった。

2011年5月7日土曜日

夜のおでかけ

パリから友達が3人遊びに来た。
ロッテルダムの友達も一緒にアムステルダムで会って晩ごはんを食べることにしたのだが、
ごまめを連れて行くと落ち着いて食事するどころか会話もままならないだろうということで、
父に留守番&子守りを頼んでこまめと二人で出かけた。

こまめとの「デート」はずいぶん久しぶり。
ごまめ誕生以来、2〜3回っきりだったような…??
普段の夜の寝支度も、買い物などで2組に分かれる時も、いつも「父&こまめ/母&ごまめ」
の組み合わせ。授乳の関係もあって当然のチーム分けだったのだが、日中乳ばなれしてからも
なんとなくそのまま定着しているのだ。
こまめがはしゃいでいたのは、普段は乗らないバスや電車でのお出かけだったからだけでは
ないかもしれないな。
…なーんて、普段はもらえない特別なキャラメルにはしゃいでいたのかもしれないけれど。

道中、電車の窓から見えたものを一緒に数えてみた。
牛が1頭2頭…
鳥が1羽2羽…
車が1台2台…
木が1本2本…
ヨットが1艘2艘…
この車両に乗ってるのは1人2人…などなど。
まだまだ「人が3枚」とか言っているので(薄っ!)、ちょっとずつ慣らしていかないと。


オランダの5月初旬の日没時間は午後9時過ぎ。
夏至に向けて、どんどん日が長くなっている。
水際のテラスで食事し、食後もおしゃべりしながら、すっかり暗くなるまで長居をした。


メインゲストのMが、街中の雑貨店で出くわしたという共通の旧友も連れて来たので、当初は
7人の予定が10人の大所帯に。
オランダ在住日本人の私を訊ねて来てくれたフランス人Mがアムステルダムでアメリカ人Cに
偶然再会し、その奇遇を喜んでいたところにフィンランド人Kも遭遇しただなんて、ちょっと
信じがたいようなダブルの奇跡。

2001年〜2004年頃に共に過ごしたEindhovenつながりの友達とまったく予定外に会って話す
ことができ、ちょっとした同窓会のような、ゆるくはじけた空気。
出会った頃から10年経ち、見た目はそれぞれ「大人」な感じが濃くなっていたが、話す口調や
内容なんかは笑ってしまうくらいちっとも変わっておらず、きっとあと20年後に会ってもそう
なんだろうと確信した。エッセンスの部分はずーっとそのまんま。

初めは少し恥ずかしがっていたこまめも段々慣れて来て、神経衰弱ゲームをしたり、アイスの
おまけのおもちゃで遊んだり、私が離れて別の席にうつっても楽しんでいた。
10時をまわっても、眠そうな気配すらなく陽気で、皆驚いていた。
この子はいつもそう。本当に手がかからない。



1歳児と一緒だと常に意識の何割かはそちらにリザーブされてふさがっているので、考え事は
おろか、興味の対象を吟味することや、友人との会話に集中することも実は難しかったりする
のだが、今日は解放されたような清々しさを満喫した。
子を預けて外出なんてしたことなかったから、夜の街の空気がとても新鮮だった。


2011年5月6日金曜日

トトロのトンネルとおばあちゃん

好天続き。
Yちゃんと弟のRくん、お母さんのMさん、そして日本から遊びに来られているMさんのお母様
も一緒に、市内の自然公園に行ってきた。

Yちゃんは日本語もオランダ語も達者で、遊びもぐいぐいと引っぱるタイプ。
おとなしめのこまめとは気が合うのか、会えばいつも熱中して遊んでいる。
気付いたら、帽子と靴を交換していた。



林の中の散策ルートを歩いていたら、トトロに会いにいけそうなトンネルが。


人の手の入っていない自然はおそらくないであろうオランダでは、日本の鎮守の森だとか御嶽
(ウタキ)などのように、なにかこう不思議な生命力や神懸かったような雰囲気などを感じる
ことは皆無なのだが、こういう演出はちょっとワクワクする。


Mさんのお母様は毎年オランダに来られていて、その都度お会いしている。
去年はまだちっちゃかったごまめの成長ぶりを目にして驚いておられた。
2月に生まれたばかりの小さなRくんをだっこする姿を見て、「ああおばあちゃんっていいな」
とキュンとなった。
うちの親はこちらに来てみようという気がさらさらないようなので、ちょっぴりうらやましい
ような、なんともいえない気持ち。

2011年5月5日木曜日

動物園

今日は、こまめの仲良しのKくんの5歳の誕生日。
お祝いがてら、一緒にAmersfoortにある大きな動物園へ行ってきた。
ごまめにとっては、初めての動物園。
動物好きのごまめがどんな反応をするか楽しみだった。

高速道路で30分少し。大混雑の駐車場に車を停めてチケットを買うのに時間がかかった。
オランダはこの時期日本のゴールデンウィーク同様連休で、行楽地はどこも大にぎわい。

ごまめは象や猿、そしてその辺にいるカラスなども喜んで見ていた。
遠くの方で寝ている虎やラクダなどよりは、目の前で動いているものの方が面白いのだろう。

一角に、かなりきちんとした日本庭園がある。
植木の手入れも行き届いている上に、丹頂ヅルがいたりもするのだ。

緑爽やかなる季節。
干拓地とはちがい、しっかりした大樹の茂る「本物の森」がとてもいい。
春だけに、いろいろな動物の赤ちゃんを見ることもできた。

ひととおりぐるっと回って、アイス休憩。
仲良く岩の上に腰掛ける二人は、赤ちゃんの頃からのお付き合い。

Kくんの弟のKジくんは、月齢はごまめより3ヵ月下なのだが、1歳前からよちよち歩いている。
今や足どりはかなりしっかりしていて、坂道もでこぼこもなんのその。
ちょっと目を離したら、あっという間に遠くの方までトコトコトコ。

その頃ごまめさんは…
バギーのベルトのバックルに夢中。
つかまり立ちが長くできるようになってきたんよね〜♪
ハンドルのところに下がっているピンクの丸いカバンが最近のお気に入りで、中にはちゃんと
おもちゃの携帯電話とカメラが…。ちゃっかりしとるのう。


さて、ここの動物園の目玉は「恐竜の森」。
森の中に、実物大の樹脂製の恐竜像が臨場感たっぷりに配置されている。
中には動くものや声を出すものもあり、迫力満点!

本当にその辺を歩いているよう。こんなのが、何10体も設置されているのだ。
順路に沿って時代区分もされているようだった。

食べられちゃうよ〜!…なんてふざけてるこまめも、森に入ったばかりの頃はビビりまくりで、
両手で耳を塞ぎっぱなし、こわごわ歩を進めていたのだった。

これは… カッパ?


最後には園内を走る「汽車ポッポ」にKくんとごまめの二人だけで乗った。


たっぷり遊んで、でもまだまだ遊び足りないようだった二人。
おちびーズも小さいなりに楽しんでいたし、母たちも満喫。
楽しかったね!

2011年5月4日水曜日

戦争が終わった日

抜けるような青空の日が続いている。
夕方、買物がてら近所の散歩にこまめ&ごまめと出かけた。
三輪車のごまめはもちろんのこと、いつもは通らない道を歩くこまめもご機嫌。

ふと見ると、家々の軒先に半旗が下がっていた。
あれー何だっけ、と思ったら、戦没者追悼記念日だった。
「オランダのはた〜」と陽気に言うこまめに、半旗であることとその目的を教えようと思った
のだが、戦争という概念がないのにどうしたもんか…と悩み、後で家で説明することにした。
オランダのおじいちゃんがまだ子どもだった頃、世界中でものすごく沢山の人が亡くなって、
その人たちがみんなゆっくり眠れますように…っていう印なの、ということだけを伝えた。

オランダでは、5月5日が解放記念日、すなわち終戦の日で、その前日にアムステルダムで毎年
慰霊の式典が執り行われる。
おまめの家では、テレビ中継を見ながら夜8時に黙祷する。
式の様子を見ながら、戦争についてかいつまんで説明してみた。
あの頃、世界中で大人達がとても大きなケンカをして、沢山の人が亡くなった、と。
男の人だけじゃなく、子どもも、お母さんも、おじいさんもおばあさんも、沢山沢山。
家もお店も学校も、沢山壊されてしまったと。
日本とオランダもケンカしていたから、遊びに行ったりできなかったと思うよ、と言うと、目を
丸くして驚いていた。
ケンカしたらあかんねえ、という5歳のまっすぐな心には、どんな「正義」も言い訳でしかない。

テレビを見ながら感じたこと。
きっと毎年こうやって繰り返すことで、こまめとごまめにとっての終戦記念日は、この5月の
初めの爽やかな空気と教会の鐘の音と共に記憶されるのだろう。
献花式や詩の朗読など眺めつつ、どこかよそごとのようにも思える自分がいる。
それはきっと、自分にとっての終戦記念日が、あの暑い盛りの、6日9日に続くサイレンと共に
刻み込まれているからだ。
蝉時雨、甲子園で黙祷する高校球児、照りつける太陽…。

オランダは連合軍によりドイツから解放されたので、5日の終戦記念日はお祝いだ。
そんなところにも「他人事」「しっくり来ない感じ」の理由があるのだろう。