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2012年3月13日火曜日

ピンポンパンポン~♪

ちょっとしたお知らせ。

この一週間のできごとをさかのぼって書いたりしているので、時間軸がぐちゃぐちゃ…。
でも、一週間前ぐらいのことなら、けっこう覚えてるもんだなあ。(写真があれば尚のこと)
それを過ぎるとちょっとあやういかも…。
自分の記憶をあまり信用していないので、このような記録日誌もつけてるってもんで。

日付どおりに挿入していってるのでブログトップには上がってきてませんが、興味がおありの
方はどうぞ:

 「あと一字
 


それから、11日の記事中にて触れた英BBCの震災ドキュメンタリーについて。
ありがたいことに、番組をYouTubeに上げてくださった方がいます。
非常に良い番組ですので、ここに再掲します。

 (ナレーション:英語、インタビュー:日本語)

幼い目に震災とその余波がどう捉えられていたか。
そしてそれをどう言葉にして伝えているか。
心に刻んだ将来の夢は…。
みんな、いじらしいを通り越して、ほんとうに立派です。
必見。

2012年3月11日日曜日

家族の風景

なんだかんだで、一週間も更新が滞ってしまった…。
書きたいことはいくつかあったので、さかのぼって追々上げていくつもりです。

* * * * *

3月11日。
あれから一年。

アムステルダムでは、追悼イベントが催された。
大震災がもたらした影響について考える、幅広い内容の意義ある集まりのようだったが、
幼い子どもと一緒の参加はむずかしそうだったので、行かなかった。

地元の身近な友人とお茶でも飲みながら語らうか…という案もあったのだが、こちらの体調
がいまひとつすぐれなかったこともあり、見送ることにした。
それでまあ、結局はなりゆきなのだが、家族のありがたさを噛み締める一日にしよう、と。

…といって、何も特別なことをするわけではない。
いつも通りの、ごくごく平凡な日曜日の、その平凡さと平穏さをしっかり味わいたかった。
膨大な数の「当たり前の風景」が、一瞬にして消え去ってしまったことを想いながら。
で、脳内BGMはずっとこの曲


ゆっくり起きて、のんびり朝食をとって、
午前中のお勉強を済ませ(苦手なひらがなの練習&算数のプリント数枚)、
母は家事、父は庭先で自転車修理、そのまわりをこまめ&ごまめがちょろちょろ…。
青空にお日さま、澄んだ空気。

ジョウロの中に、大きなカエルが隠れてたよ!

二晩つづけて夜中に吐いたこまめだが、晴天のおかげか、案外調子が良くなったようで、
午後には公園へ。そこで会った幼稚園時代の旧友と夕方まで楽しく遊んでいた。

ごまめはたっぷり昼寝。
平日はこまめのお迎えのために中途半端なタイミングで起こされてしまうので、ここぞと
寝だめしているかのようだった。

晩ごはんは、最近極端に食の進まないごまめのために「これなら食べるかも」との父の案で
オランダ式のパンケーキは分厚いクレープのようなもので、ベーコンやら薄切りリンゴやら
と一緒に焼いたり、何もないプレーンもある。それに粉砂糖や黒砂糖、シナモンシュガー、
シロップなどをかけて食べる、おやつか朝ごはんのような素朴さ。

お砂糖で、キティちゃんの柄ができたよ。

元々大食いではないごまめだが、好物のパンケーキすらほとんど食べないので、「筋金入りの
食べない期」に突入したことが判明…。まあそのうちまた食べるようになるかなあ。

三口ぐらいしか食べなかったのでは…。牛乳で生きてるとしか思えない。
でも、おチビはともかく、ちっともやつれて見えないから、大丈夫なのかな。


食後、震災関係の特番を見た。
日曜夜のゴールデンタイム、NHK的なチャンネルでやっていた、英国のドキュメンタリー
「Children of the Japanese Tsunami」のオランダ語吹替版で、テーマは震災と子ども。
これなら家族で見られるかもしれない…と思い、いつもはテレビをつけたりしないのだが、
思い切ってつけてみた。

解説はオランダ語だったが、番組のほとんどを占めていた被災地の子ども達のインタビューは
日本語のまま(オランダ語字幕)。「生の声」が聞けて、貴重だった。
我が子を失った母親、高い放射線から我が子を守るべく苦労する父親、警戒区域への一時帰宅
に同行…など、大人の声が聞ける場面もあった。
ひとりひとりがどのように「震災のその後」と向き合っているかを丁寧なまなざしで伝える、
良番組。こまめもごまめも、何かしら感じてくれたろうか。

追記:
上記番組をYouTubeに上げてくださった方がいます。感謝。
(ナレーション:英語、インタビュー:日本語)


心しずかに合掌。

2011年9月4日日曜日

ただいま品切れ中

補習校の送迎でアムステルダムに行ったついでに、数ヶ月ぶりに日系スーパーで買物をした。

…というか、しようと思って、買物リストを片手にいそいそと行ったのだ。
切らしかけの調味料や底をついたお味噌など、リストの品は8つ。
そのうちまともに手に入ったのは、なんとたったのひとつ、ゆかりのふりかけのみだった。
お味噌も、お気に入りの銘柄のものはなく、かろうじて在庫のあったオランダ産で代用。
他は日本産のありとあらゆるものが欠品中で、普通のお醤油すら見当たらなかった。

ウロウロと何周かしてみても求めていたものが見当たらなかったので、店員さんに尋ねてみた
ところ、やはり思った通り、3月以来のことだという。
ロッテルダム港で放射能検査に引っかかり撥ねられてしまったものもあるが、そもそも国内産
の有名メーカーの定番商品(ラーメン、おせんべい等)がまったく入って来なくなったそうだ。

自分の家で使うものが手に入らなかったことを不満に思うよりも、何だかすごく切なくなって
視界がにじんできてしまった。
きっと、日本の、特に関東東北エリアのお店もこうだったのだろう。
半年が経とうとしている今は、改善されているのだろうか?

お店の人としても、商品の在庫が底をついたら…と気が気じゃないだろう。
見るからに品薄で、それでもがらんどうに見えないよう同じ商品をこちらの棚にもあちらの棚
にも反復して並べてある。次の入荷は、おそらく9月中旬だが、確かではないとのこと。
頻繁に行く場所ではないので気付いていなかっただけだが、久しぶりに「震災後遺症」身を
もって痛感する出来事だった。

意外とあるところにはあるのかもしれないが、フランスのパリでも同じような状況だという
ツイートを見かけたので、日本国内の状況に左右される海外の日本食事情というのは多かれ
少なかれ同様なのだろう。各国で取り合いになっていたりするのだろうか?

今後しばらくは、オランダ産キッコーマンやシェリー酒等でしのいでいくしかないなあ。
さすがに何から何まで実家から送ってもらうわけにはいかないし、調味料を自作するほどの
猛者ではないので。
トルコ米とオーストラリア産うどんはすでに我が家の定番だし、だしの素や乾物、日本茶の
ストックもそこそこある。まあなんとかなるじゃろう。

2011年4月21日木曜日

チリも積もれば!

オランダのおもろいお友達が、クリック募金のリンクをずらずらっとまとめて下さった。
ご興味のある方は、是非のぞかれてみてください。

こんなことでお金が生まれていくということがすごく不思議だったのだが、企業広告の一環と
捉えると、ナルホド。企業としてもプラスのイメージが浸透していくのは良いことなのだろう。



2011年4月15日金曜日

明日につながる今日は昨日からつながっている

今日は、先日に引き続き「お弁当屋さん」になる日。
前回と同じく4人前を用意して、父の会社に持っていってもらった。

本日の献立は以下の通り。
 ・おにぎり2種(おかか&味海苔/わさびふりかけ&焼き海苔)
 ・モロッコインゲンとごぼうの柳川風
 ・さばのみそ煮
 ・3色パプリカのきんぴら
 ・ふかし芋&ごま塩
 ・胡瓜のゆかり甘酢漬け

敬虔なイスラム教徒であるトルコ人のおっちゃんのために、肉抜きメニューで。
(鶏肉ならOKかと思ったら、それすらきちんと精肉されたものじゃないとダメっていうから…。
ややこしいのう。玉子は不問だった)

実は、今日の4人の中に父も入っていたのだが、打ち合わせに来られていた某大学病院の聴覚
センターの所長さんがこの企画に興味を示して下さったそうで、急遽父の分のお弁当をご所望
になられたとのこと。父は喜んでサンドイッチと交換したと言っていた。

そしてついに、父が収益金の入った封筒を携えて帰宅。
ドキドキドキ…。

そしたらなんと、「こんなもんかな」と予測していた額の倍以上、€115(約1万4千円)も
入っていました!!
持ち合わせがなくまた今度払ってくれるという人もいるらしいので、更にもう少し上乗せされ
る予定だとか。ま〜〜〜(涙目)
たった2日、たった8人でこんなに!ま〜〜〜(涙目・以下エンドレスリピート)

 → 最終集計 €138(約1万6千円)となりました!!(4月27日加筆)

たくさんいただいたことも勿論ありがたいけれど、それ以上に、やさしい皆さんのご好意と
「協力を惜しみませんよ」という態度に胸を打たれた。
「すてきなイニシアチブね」「いいアイデアだなあ」等、この企画への賛辞もいただいたし、
単純に「おいしかった〜」と言ってくれるだけで報われた気がした。

募金を送金しただけでは伝わらないかもしれないけれど…
 こんないい人たちが海の彼方にもいるんですよ。
 皆さんが考えたこともないくらい遠くまでつながっているんですよ。
 どうかどうか、今日を生き抜いてください、明日を迎えるために。
…とのメッセージを込めたい。


そもそもこの企画を発案したのは、愛知の友人夫妻のところのお子たちがお手伝いのお駄賃を
募金する、というのを知ったから。
小学生でもできることがあるのだ、知恵を絞れば私にも何かできるはず!と触発された。

もう10年以上前のことだが、その友人に誘われてタンカーから流出した重油を拾いに、日本海
の敦賀湾に行ったことがある。(当時は太平洋側に住んでいた)
その際、地元のおばちゃんがお昼にご当地産の梅干し入りおにぎりを差し入れて下さったのだ
が、そのおいしかったこと!
あのおにぎりみたいに、私も誰かに笑顔や活力の元となるごはんを差し入れたいなあ、と思った
ことも動機のひとつだった。

「外に向かって働きかけていくこと」そして「用の美 - いいものは使うからこそ美しい - 」を
はじめ、たくさんのことを私に教えてくれたH田さん、ありがとう!!


余談:
こまめに「母がなぜ突然お弁当屋さんになったか」ということをかいつまんで説明した。
「集まったお金、どうするかわかる?」と聞いたら、「日本に送るんでしょ〜」と。
更につっこんで聞くと、「波がジャブ〜ンってきてお金なくなっちゃった人にあげるんでしょ」
…って、わかってるやん!
なくなったのはお金だけじゃなくて、お家もおもちゃも、大事なものぜーんぶなのよ。と補足
しておいたが、CNNなどで繰り返し流れていた津波の映像は、地震の何たるかを知らない5歳
の子どもにも強烈な印象を残したようだ。
おそらくニュース画像だけでなく、それを見て絶句したり涙にくれたりする親の姿も。

前進してやる。くじけてたまるか。

身の回りでちょっとした事件があり、自分の未熟さと人間の愚かさに絶望的な気持ちになって
しまった。

もうかれこれ1ヵ月以上、とある家族にいちゃもんをつけられているのだが、今朝ついに
ダメ押しを喰らったのだ。
言い合いになり、立ち去り際にこらえきれずに泣いてしまった。
論破することもできず、柳に風でサラッと受け流すこともできず、泥臭く言い返して玉砕する、
という一番みっともない結果になってしまった。
感情的にパツパツだったとはいえ、こんなことで泣いてしまうぐらいなら、言い返さなければ
よかったのに。
終始冷静に大人な対応をとれなかった自分が本当に情けなく、悔しさでいっぱいになった。

オランダ語で言い返すのも楽ではないが、気持ちさえこもっていれば意は通じる。
この人たちの場合、どのような言葉を駆使しても意思疎通の突破口がまったく見出せず、暗澹
たる気持ちになってしまった。
まるで、イエスキリストのありがたさをイスラム教徒に説くようなものなのだ。或いはその逆。
堂々巡りの同じ議論の繰り返しで、どこまでいっても平行線。
どんなに譲歩しようと、部分的にではあるが陳謝しようと、まるっきり響かない。
相互理解の端緒を見出すのは不可能に思えた。

相手は自分の言いたいことを言うだけで聞く耳をさらさら持っていないことは明らかだった。
相手の言い分は自分の理解の範疇を超えていた。(突き詰めると、アホくさくて開いた口が
ふさがらないという感じ)
どちらが正しいかということはさておいて、こんなにもわかり合えないということがあるのか、
と衝撃的だった。
こんなに人間の無力さを実感したことはかつてない。
希望が人類を救うと信じていたけど、無理解が人類を滅ぼすこともさもありなんと思えた。


そんな絶望的な気付きにノックアウトされてしまった直後、「復興の狼煙(のろし)ポスター
プロジェクト」を知った。
ガツンときた。
胸をゆさぶられた。
あふれるあふれる、人間への希望。
なんて力強く、なんて美しいんだろう。

響く写真やコピーは、その時々自分の置かれている状況によって変わっていくのだろうと思う
が、今、最も心に響いたのは以下のふたつ。

 「前よりいい町にしてやる。」

 「心まで壊されてたまるか。」

なんとなく気持ちが闘うモードになっているのかもしれない。
自分との闘い。
強くなりたい。

2011年4月13日水曜日

ミニ文化祭


今日は、月に一度の読み聞かせ&お遊びの会の日。
今月は「にじいろ文化祭」と題して、日本の絵本や遊びなどを紹介した。
常連メンバーがそれぞれお友達家族を2組までご招待して、いつもの公民館に賑やかに集合。
ゲストは、よちよち歩きの小さい子から4歳ぐらいまでのかわいいお客様とそのお母さん達、
中にはフランスから訪問中のおじいちゃんまで!


まずは、受付と同時に、短冊に毛筆で名前を書いてプレゼント。

今回は大半を事前に予習しておいたので、わりとまともな字になったかな。
「季庵(キアン)」「慈英曇(ジェイドン)」「鞠紗(マリサ)」など。
ついでに日系の子の名前も。


それからみんなでおやつタイム。
おせんべいやおかき、手作りの日の丸クッキーなどを食べる。


おやつの後、1冊目の「2カ国語読み聞かせ」は、おなじみディック・ブルーナのうさこちゃん
シリーズよりうさこちゃんのたんじょうび』。オランダ語版は『Het feest van Nijntje』。

日本語、オランダ語を1ページずつ交互に読んでいく。
もちろん本家オランダでの「うさこちゃん」の認知度は抜群。それを未知の日本語で耳にする
もんだから、面白いやらきょとんとするやら。『ドラえもん』を中国語で聞くような感覚かな?


続いて折り紙のワークショップ。

初心者&小さな子でもお母さんと一緒に簡単に折れるような「チューリップ」や「犬」などを
紹介。
受け身で「見る」「聞く」だけでなく、手を動かしてやれることなので、みな夢中だった。


その延長で、「だまし舟」のマジックショーのようなことをやった。
ゲスト代表で、とあるお母さんに帆先をつまんでもらい、目を閉じて、また開けると…
あら不思議!で、子ども達は大喜び。
後で楽しく遊んでもらえるように、タネを子ども達にゆっくり見せるのがポイント。
たくさん折っておいたものを帰りがけにおみやげとして持って帰ってもらった。


それから2冊目の読み聞かせ、『ぐりとぐら』。
Tip en Top』というタイトルで蘭訳されているのだ。(※絶版、中古のみ)


子ども達の年齢層が思ったより低かったので、全員でやろうかと思っていたじゃんけん大会は
なしにして、大きめの子達(4〜5歳)を集めて片隅でやった。
新聞紙・ハサミ・石ころを用いてルール説明。
とっさに手をグーチョキパーの形にするのが難しそうだった。練習あるのみ?!


会場の一角には、日本の小物や絵本・写真集などを並べたディスプレー台を用意した。



壁に文字の表(ひらがな50字、カタカナ50字、教育漢字1006字)を貼っておいたので、興味を
持ってくれたお母さん達に説明することもできた。



その他、飾っておいたお手玉も実演したし、おもちゃを手に取って遊んでくれているところも
見かけた。


大いに盛り上がる中、グループの主宰者の挨拶があり、恒例の『げんこつやまのたぬきさん』
「またね〜!」とお開きに。
大人も子どもも楽しんでくれたようで、あっという間の2時間だった。
集まった会費(€3/1家族)は、被災地の子ども達を支援している Save the Children に募金
することになっている。
被災地の子ども達が、この子らのように、何の不安もなく笑顔いっぱいで思いっきり遊んだり
おいしいおやつを夢中になって食べたりできる日が一日も早く訪れることを願ってやまない。

届け、おにぎり!

でかい街頭募金活動が終わってからも、細々とできることを模索中

ひとつは「お弁当屋さん」。
父の勤め先の人に日本式のお弁当を買ってもらって、ささやかながらその収益を募金にまわす、
というもの。現金収入のない専業主婦の私ができることはないかいな…と思案して、震災発生
から日の浅い頃より計画中だったのだ。
本当は、炊き出し隊として現地に向かい、寒くひもじい思いをしてる人に食べてもらいたい。
それを間接的に実現する…というわけ。

私のおにぎり、被災地に届け!という気持ちで思いついたこの企画に、職場の皆さんは理解を
示して下さり、日本食に興味津々ということもあり、快く協力してくれることになった。
全部で8人の小ぢんまりした会社とはいえ、普段作り慣れていないお弁当を朝から8人前用意
するのはハードルが高すぎる…と思い、半分ずつ2回に分けてやらせてもらうことにした。

初回の献立は以下の通り。
 ・おにぎり2種(昆布&味海苔/ゆかり&焼き海苔)
 ・鶏肉の甘酢あんかけ&千切りキャベツ
 ・玉子焼き
 ・ほうれん草のおひたし
 ・ミニトマト

配達してくれた父によると、かなり好評だったようだ。
任意のお代は、2回目(金曜日の予定)が終わった時点で持ち帰るから…と。ドキドキ。

 → 結果報告はこちら


もうひとつは、いつもの読み聞かせサークルに外部のお客さんをご招待して、日本の絵本や
遊び、文化を紹介する「ミニ文化祭」。
今日の午後の活動の内容は、また後ほど記事にして上げようと思う。


今晩、アムステルダムArenAでサッカーの慈善試合「アヤックス vs. 清水エスパルスとその
前座コンサートがオランダ赤十字社などの後援で開催される。
街頭募金活動の収益金を赤十字募金した縁で、こちらの関係者(某パパさん)が特大小切手
を手渡すというパフォーマンスがテレビで中継されるとのこと!
夜7時〜というゴールデンタイムにNederland1(日本のNHKみたいなとこ)での放映なので、
在蘭皆さん、お見逃しなく!

2011年4月7日木曜日

メディアの目〜オマケ編〜

おまめの家には、購読している全国紙の他に、各戸に無料で配布される地元新聞が何紙か来る。
そのうちの一紙に、街頭募金活動の記事が細ーく載った。

実に細い。
しかも10日も経ってから…。ま、何にもないよりはマシ。
内容は、同じ新聞のウェブ版に載っていたのと同じもの。

ALMERE - 'Niji Iro Kai' betekent 'Regenboogclub' en is een voorleesgroep voor Japans-Nederlandse kinderen in Almere. Afgelopen zaterdag stonden de leden van deze club op het Stadhuisplein om aandacht te vragen voor de rampzalige aardbeving in Japan.

Het deed hen goed, de elf Japanse vrouwen uit Almere. Met de inzamelingsactie voor de aardbeving in Japan probeerden zij uiting te geven aan hun verdriet en hun zorgen om familie. Veel Almeerders op het stadhuisplein lieten hun medeleven en ongerustheid blijken. 'Er werden vragen gesteld over de aardbeving, de tsunami en de ramp met de kerncentrale in Fukushima', aldus de Almeerse Ayumi Saito (32), initiatiefneemster van de inzamelingactie. 'Veel mensen vertelden over hun reizen naar Japan. De belangstelling was hartverwarmend. Japan leeft bij de Almeerders.'

De gevouwen kraanvogels werden met bewondering in ontvangst genomen. En wie dat wilde kreeg zijn of haar naam in prachtige Japanse karakters geschreven. 'Een geslaagde actie, de opbrengst was 2.400 euro en dat gaat direct naar giro 6868 van het Rode Kruis', aldus Ayumi Saito. 'Almere heeft een groot hart. '


2011年4月3日日曜日

気圧の谷 通過中

地震から3週間以上が経った。
当初のショックは少しずつ薄れつつあり、そのかわり何か別の重い気分にすり替わっている
ような気がする。

街頭募金、チャリティー遠足と立て続けにイベントがあり、その間に病気になったクロちゃん
が逝ってしまった。そんな密度濃い日々に放出したアドレナリンが一段落ついたのだろう。
低気圧がやってきた、そんな感じ。

インターネットからの情報で頭がパンパンというのもある。
思いっきり身体を動かしたり、音楽の練習に没頭してみたりしたいと心身が求めている。
こういう時、自然と「型」や「反復」「規律」を求めてしまうのだと気付いた。

ごまめがいてはなかなかスポーツに精を出したりということも叶わないので、家事の中の行為
で代用してみたりする。どっさりある洗濯物をいつもより丁寧に畳むとか、庭の草取りや松の
剪定など、些細だが手を使うことに集中してみる。
子どもの頃何度も練習した定番曲を聴いて指だけおさらいしてみたりもする。

甘っちょろい気苦労しかない私でさえこうである。
被災された方々の先の見えない不安はいかほどのものであろう。
それから、彼らを支える立場にある人達にも、愚痴や弱音を吐き出し受け止めてもらえる場が
ちゃんと用意されていることを祈らずにはおれない。



そうそう、もうひとつ、スカッとする曲があったことを思い出した!
これも「型」「反復」「規律」の典型。
それにしてもおっちゃんら楽しそうやのう…。

2011年3月31日木曜日

メディアの目

おまめの家では新聞を購読している。
中道左派の全国紙で、購読者数は約243,000、第3位(無料配布新聞を除く。参照)である。
3月12日以来、震災がらみの記事の載ったページを取っておいてある。

一番下が震災翌日のもので、それ以来、日曜日を除いて毎日何かしらの記事がある。
6日目までは連日トップニュースで、7日目に初めてリビア騒乱にその座を明け渡した。
震災がなければおそらくそちらがずっと最重要事項だったろう。

2週目以降も中のページで大きく取り扱われていたのだが、昨日(3月30日)初めて、これと
いった記事がなかった。
唯一、スポーツ欄の隅に「日本チーム、アイスホッケー世界選手権参加を断念」という小さな
記事があったのみ。日本ではアイスホッケーは北国のスポーツで、被災地出身/在住の選手が
多いからという理由とのこと。


記事がないからと言って事態が収束したかというと、そんなわけがない。
今日(3月31日)の国際欄には再びでかでかと原発の記事が。
オランダの、ひいては欧州の、そしておそらくは世界中の関心は、日本がこの原発危機をどの
ように乗り切るか、ということに集中している。
特に原子力発電で電力供給の一部をまかなっている国(オランダも)にとっては、他人事では
ない。地震や津波とは無縁な土地だが、危機管理と言う点においては同じであるから。



このような、事態の深刻度や悲劇を伝える「ニュース記事」の他にも、読み物的な記事を時々
見かける。
これはメディア欄に載っていた、各国の雑誌の表紙デザインについての記事。(3月29日)

真っ赤な日の丸は扱いやすいシンボルのようだ。誰が見ても何のことか一目瞭然。
ちなみに、バッテンのついた日の丸の『TIME』は1945年のもので、日本の敗戦=降伏の時の
表紙だという。キツいなあ…。

また、日本の文化的背景に迫る記事は、外から見た日本ということで興味深い。
オランダにおける日本学の殿堂、ライデン大学日本学科の先生のインタビューが、週末(3月
26日)のサイエンス特集の心理関係コーナーに載っていた。

記事のタイトルは『日本人だって泣く』。
「ストイックで感情を表に出さない日本人」というステレオタイプに苦言を呈する内容だった。
平常時にもニヤニヤ笑うだけではっきりものを言わず、何を考えているのかわからないと捉え
られがちな日本人なので、いろいろと謎めいて映るのだろう。
僧侶でもあるという先生は、仏教的・神道的背景についても述べていた。

実は、オマケの質問が冴えていた。
「全然ちがう話題ですが…。どうして日本の首相はあんなヘンテコな上着を着ているんですか?」

ファンデルフェール先生のお答えはこちら:
日本では、業務内容にふさわしいドレスコードというものがあるんです。
首相は会議に明け暮れているのではなく、災害対策に尽くしている、ということを示したい
わけです。そういうわけで、背広ではなく作業着なのです。

そう言われてみれば、両陛下の避難所訪問も作業着風だったな。
願わくば、記者の言う「首相」が菅氏でありますように…。
メディア露出は枝野氏の方が圧倒的に多いから、イタリアの一部ではバッチリ誤解されてた
そうな。


最後に、一昨日(3月29日)の一面の見出しを。

もはやFukushimaの名は、Hiroshima、Nagasaki、Chernobyl(オランダ語ではTsjernobyl)と
並び、世界の負の歴史に刻み込まれてしまったのかと、なんともやりきれない気持ちになって
しまった。

2011年3月26日土曜日

街頭募金活動、無事終了!

市内の仲間と大急ぎで計画した街頭募金活動。
午前中ぱらついていた小雨も午後には上がり、薄日が差す中、無事に終えることができた。


当日は、市役所前の広場で毎週開催される青空市場の日。
マーケット責任者の計らいで、真ん中の一番人通りのある場所を使わせてもらえた。
市の人口は約19万人。その中心部とあって、けっこうなにぎわいだった。
始めてみるまでは、いったいどの程度の反応があるものやら不安に思っていたのだが、多数の
市民の皆さんから募金協力や温かい励ましのお言葉をいただき、杞憂に終わった。

当日の活動グループは計10名。
いつもの読み聞かせサークルのメンバーと、臨時にサークルに参加される「お友達メンバー」
の方々、そしてはるばるアムステルダムからも応援部隊として数名が駆けつけて、一緒に街頭
に立って下さった。歌や楽器の演奏、澄んだ声での呼びかけ、おにぎりや春巻きなど食べ物の
差し入れ…、本当に助かった。


活動の内容はといえば…
手作りの募金箱やポスターなどを与えられた場所に設置し、募金のお礼として折り鶴をお渡し
したり、短冊に漢字やカタカナで名前を書いたりした。
某ホテルから借用した法被を着て首からポスターを下げ…といった出で立ち。
にぎやかしに、サックスやリコーダーで日本の歌を演奏。
顔を出した子ども達も一緒に法被を着て、折り紙を折ったり童謡を歌ったりもした。


黙って募金箱にお金を入れて折り鶴も受け取らずに去って行く人、
「日本に知人がいてね…」と自らの日本滞在の体験を話し込んで行く人、
「頑張ってね」とあたたかい励ましの言葉をかけて下さる人、
不思議な文字で書かれた自分の名前を見てくすぐったそうに嬉しそうにする人、
「お国は必ず再興します、祈っています」と真摯な目で語ってくれる人…。
そして、あらかじめ声をかけていた知人が足を運んでくれたりもした。
どの方の支援もありがたく、とてもとても嬉しかった。


実現に際して、準備期間中に職場でいろいろと働きかけたり機材を駆使して協力してくれた
「パパさん部隊」の支えもありがたかった。
もちろん、当日の子守りや家事などのカバー態勢も。


そして、気になる募金の収益結果は…

なんとなんと、2416,53 ユーロ(約27万円)!!!

被災地で大変な思いをされている方達にとってどれくらいの助けになるのかわからないが、
赤十字社を通じて届けさせていただくことにする。

今回の募金活動は、ふるさと日本から遠く離れた土地に暮らす自分達自身への励ましでも
あったように思う。
こうして皆で力を合わせることで、バラバラのひとりひとりでは到底成し得なかったであろう
ことが実現した。何かしたいのに何もできない、そんな焦燥感や無力感から救ってくれたのが、
このような仲間とのつながりだと心から思う。
皆と出会えたよろこび、つながっていられる有難さを痛感した。

被災地での厳しい現実はまだまだ継続中なので、心から浮かれるというわけにはいかないが、
今の時点でやれるだけのことはやったというこの気持ちをエネルギーに変えて、次の一歩を
踏み出していこうと思う。

2011年3月25日金曜日

小さないのち、無限の重さ

飼っているモルモットの黒豆ことクロちゃんが衰弱している。
銀河鉄道の旅の支度をしているようなのだ。まだたった2年と3ヵ月しか生きていないのに。

震災の1週間後、ちょうど街頭募金活動の準備がグングン密度と加速度を増してきていた頃、
突然下痢になり、その後拒食状態に陥ってしまったのだ。
それから1週間、ほとんど飲まず食わずで命をつないでいることがむしろ奇跡といってもいい。
タイミング悪くごまめも風邪で発熱し、ポスター制作やビラ配り(メンバーの中でたった一人
平日昼間に動ける専業主婦なのだ)、こまめの学校の発表会の衣装の準備なども重なり、思う
ようにそばにいてあげられない。
獣医さんでもらったお薬も、効いているのだかいないのだかよくわからない。
段々と動きが鈍くなってきているというのに、なすすべもない。

昼間一緒にいられない分、夜を一緒に過ごそうと、昨夜はケージのとなりで過ごした。
板の間に座布団を敷いて、ガウンと毛布と寝袋にくるまって寝たのだが、それでもなんだか
寒かった。就寝時間までは暖房がついていて気密性の高い我が家でさえこうである。被災地の
避難所ではどんなにか休みづらいことだろう。
クロちゃんを思っての行動だったのだが、計らずも思いがあちらに直結した。

こわばりまくった身体と霞のかかった頭を、熱いシャワーとカフェオレとで何とかまともに
機能するよう調整したのだったが、それすらかなわない場所で、そんな日々の連続で、近しい
者の安否に絶大な不安を抱きながら、或いは喪失感のどん底に沈みながら、余震の恐怖に怯え
る中で、明るい気持ちを保つということがいかに難しいか。冷や水を頭から浴びせられたかの
ように思い知らされたのだった。

募金活動の準備なんかに走り回って、ちょっといいことをしているような気になって、
思い上がっていたのではないか?
人の為になることをしようと心がけているつもりで、その実、足下の小さないのちすら
守り切れていないではないか?

単なる偶然かもしれない。
しかし、このタイミングでこの状況。
「謙虚になれ」と、クロちゃんが渾身のメッセージを発信しているように思えてならない。
人の痛みに寄り添うとはどういうことか。
この年になっても想像力と思いやりに欠けたところのある私は、小さなクロちゃんのいのちの
重みから、たくさん学ばなければならない。

こういうことを書いている場合ではないのかもしれない。
けれど、今こう感じていることを、頭と心にしっかり刻み込んでおく為に、あえて書きとめて
おくことにした。


クロちゃん、お願いだから、まだ行かないで。

2011年3月23日水曜日

募金活動のお知らせ

市内の仲間と、街頭募金活動をすることが決定した。
市役所の許可申請の条件が厳しく(申請に4週間かかるとか、正規登録団体でないといけない
とか…)、一時は暗礁に乗り上げたかに思えたのだが、急展開で実施させてもらえることになり、
ポスター制作や配布など準備に大わらわ。

以下はその告知。


東日本大震災の被災者を支援する為の街頭募金を行います!


* * * * * * *


■日時 3月26日(土)

    午前10時~午後4時頃


■場所 Almere市役所正面入り口前

    および付近の市街地中心部


■内容

 ・東日本大震災の被災者支援募金活動

   収益金はオランダ赤十字社を通じ日本赤十字社へ

 ・募金のお礼として、折り鶴配布

 ・「あなたのお名前漢字で書きます」「楽器演奏」など


■主催 にじいろ会


* * * * * * *


当日はマーケット開催日でV&Dの売り出しセール等もあります。

お買い物がてら、是非お越し下さい!



Geachte heer/mevrouw,

Het is al twee weken geleden dat de aardbeving en tsunami het noord-oosten van Japan heeft verwoest.
Door de radioactieve straling vanuit de kerncentrale is de schade
ongekend groot geworden, het is een van de grootste rampen in de wereldgeschiedenis. De situatie is ontzettend zorgwekkend en het kost Japan enorm veel tijd en geld voor de wederopbouw.
Wij, afkomstig uit Japan en tegenwoordig woonachtig in Almere, willen graag een inzamelactie houden voor onze landgenoten in Japan als volgt:

Datum: Zaterdag 26 maart 2011
Tijd: 10:00 t/m 16:00
Plaats: Bij de ingang van Stadhuis Almere


[ Wie zijn wij? ]
Onze organisatie heet NIJI-IRO-KAI.
Wij wonen in Almere, en organiseren elke maand culturele activiteiten voor onze kinderen, o.a. Japanse boeken voorlezen, Japanse taalspelletjes, knutselen en seizoens gebonden evenementen.
Bij deze inzamelactie gaan wij ook culturele activiteiten delen met de bewoners van Almere, o.a. hun namen in Japanse karakters schrijven, Japanse muziek maken en Origami vouwen.

[ Waar gaat uw donatie heen? ]
Rode Kruis (Via Nederlandse Rode Kruis naar Japanse Rode Kruis)
http://www.rodekruis.nl/campagnes/tsunami-japan/Paginas/tsunami-japan.aspx


Wij hopen dat u ook naar onze inzamelactie komt.
U kunt ook het Rode Kruis direct steunen: GIRO 6868.

Hoogachtend,

NIJI-IRO-KAI