2013年7月8日月曜日

夏休み初日

実際は金曜日の午後から小学校の休暇には突入しているのだが、土曜日は補習校があったし、
日曜日は家族でのんびり過ごした。
そんなわけで「学校に行かない日々の始まり」としてリズムを作り始めるのは、今日から。
起床は普段よりものんびりめ、でもダラダラしすぎないように気をつけなくては。

午前中の取り組みを習慣づけようと、こまめと話し合った。
その日にやることは、相談しながら一緒に決めてゆくことにした。
補習校の課題の残っている分も使いたいが、それ以外に取り込めるものも生かしたい。
多すぎない量で確実に続ける方が、目標をガチガチに固めるよりこまめに合っているだろう。

◎…こまめ ●…ごまめ

◎習った漢字の復習(朝、一週間、立つ、野原、小鳥、魚、紙)
   練習帳でおさらい。自分からこれがしたいと言った。


●ひらがなドリル(し、つ、く、へ、の、て)
   隣でごまめも鉛筆のおけいこ。
   文字を覚えさせるというより、静かにしていてもらうため。
   

◎●ラジオ体操(動画を見ながら)
   リフレッシュの時間。
   第一だけで止めようとしたら、「もういっこ!」と熱烈なリクエストがあったので、
   第二までフルで。

◎ソラマメの観察
   補習校でタネをもらい、観察記録をつけることが課題だったので、それを継続して
   やることにした。(種まきは 6月12日)
   絵を描くのは得意だが、説明文を書くのが苦手なこまめなので、文章を書く欄には
   データを書き込むことにした。


   ついでに、背比べの計算問題も。


   こうやって「ひとつのネタから多方面にふくらませる」のは、私がやり易い方法。
   次はどういう応用をきかせようか?とあれこれ考えるのもまた楽しい。


●水やり
   ごまめの大好きなお仕事だが、これも、お手伝いというより、何かやってておくれ!
   という感じ。

のんびり屋さんのこまめなので、以上の取り組みで2時間弱。今日は特にスケッチに時間が
かかった。終盤かなりイラッときたけど、なかなかイイ感じ。
なんだか懐かしいな。

2013年7月6日土曜日

自分を育てる

最後の登校日ということで、やたら感傷的になっていた今日。


最後のお弁当は、おにぎりと、シソ入りつくね。


朝の全校集会で、校歌を歌うこまめを見た。私も大好きな、たんぽぽの歌。
顔を上げて大きな口を開けて、2番まできっちり歌いきった。
極度に恥ずかしがって皆の前で挨拶はできなかったけど、いっぱい学んで成長したって
ことは十分伝わってきた。
親が口うるさく言わなくても、残るものは残る。



朝礼の後、ウルウルしながらホールで感慨に浸っていたら、ある女の先生がこちらの方へ
近づいて来られた。こまめは一度も受け持ってもらったことのない先生。
ごまめが参観日の朝礼に混ざろうとした際に、「ごまめちゃん、どうぞどうぞ」と快く
列に招き入れてくださったことがあり、「やさしい先生だなー」と印象に残っていた。
今朝も、受け持ちの子どもたちの背中をさすってやったり肩にそっと手を置いたりして、
からだでも実感できるようなやり方で「そばにいる」「先生は、ちゃんと見ている」と
いうことをさりげなく伝える姿を見かけて、心を動かされたばかりだった。

その先生が、突然、「ごまめちゃんのお母さんですよね?」と。
なんと、お知り合いにここのことを聞いて、記事を読んで下さったらしい。
「お母さんのお気持ち、分かりますよ。」と言って、そっと抱いて下さった。
その瞬間、私の涙腺は決壊。何かがどっと解き放たれた気がした。
先生も目に涙をためていらした。

二言三言、どんな言葉を交わしたか、ハッキリは覚えていない。
ほんのわずかな時間(実際、1分もなかったんじゃないかな??)のことだったけれど、
でも、本当の意味で受け止めてもらえたと確信するには十分な時間だった。

私が一番欲しかったもの、
今までもらったことのなかったものを、
一番欲しい時に、ちゃんともらえた。

それまで言葉も目線も交わしたことすらないひとから、突然与えられた、受容の実感。
どんな本より、どんな正論より、何よりも心の核(さね)に直に届いた。
受け入れられ、認められ、慰められるって、こんな感じだったんだ!
まるで雷に打たれたようだった。
友達や恋人やパートナーのくれるものと、全然ちがう。
私はこれが、欲しかったんだ。
本当は、自分の、親から。

この感じ、この包容を、こまめにも与えられるようにならないといけない。

この気付きに至るために補習校に通っていたのか。
そう思ってしまうほど、カチリとはまった最後のピースだった。



「育児は育自」という言葉がある。
誰だって、最初は初心者。母親として、子どもと一緒に成長してけばいいんだよ…という
捉え方で、赤ちゃんとの暮らしが始まったばかりの頃から、なんとなく心の片隅に置いて
きた考え方だった。

今になって、ふと思い至った。
自分の場合、言葉通りの「育自」をしたらいいんだな…と。
つまり、子育てしながら、子ども時代に子どもとして生きられなかった自分を、
もう一度育て直せばいいんだ。
誰かを親代わりにするのでも、我が子を自分の身代わりとして育てるのでもなくて、
子どもの頃の自分に欠けていたものを、必要だったのに与えられなかったものを、
自分の手で埋めて行く作業なんだな、ということが、やっとやっと、やっとわかった。


N先生、こんなにも大切な気付きを、ありがとうございました。
自分を変える必要はない(というか、ちがう自分になんかなれやしない)けれど、
自分の軌跡はこれで変えられるかもしれない、と、少し希望が持てました。



車の中で、偶然かかっていた曲。
♪ サヨナラから はじまることが たくさん あるんだよ…


ありがとう、さようなら

遂にやってきた、最後の登校日。

行ってきます!


大好きな先生、友達。



大好きな鉄棒。



プリクラス入学から2年。
週に1日とはいえ、学校生活を共にしたとあって、習い事をやめるのとは意味も感慨も
全然違う。


短くて長い、2年間だった。

こまめ、ほんまによう頑張ったな。
えらかったな。
と、しっかり抱きしめた。

直後、素に戻って「…でも、勉強終わりとちゃうで。」とも、一応言っておいた。(笑)

こまめの気持ちはというと、
これでやっと重荷から解き放たれるという清々しさと、
あんなに好きだった学校という場から離れなくてはいけないというさみしさと、
ごちゃまぜになっているようだった。

筆で字を書くこと、読書、詩に俳句…
工作、裁縫、料理に掃除…
散歩、探検、観察に考察…
やりたかったけど、課題に押されてちっともできなかったこと。
これからは、やりたいように、やるぞー。
と思ったら、楽しみになってきた。
ま、ぼちぼちいこう。

2013年7月2日火曜日

本気の遊び?

新聞で見つけたビックリ写真。(クリックで拡大します)


アフガン駐留のオランダ軍による警察向け対テロ訓練「戦略的行動」の様子。
右下の黒い2人組がテロリストとのこと。

たしかに、コンピューターのシミュレーションよりずっと単純で応用もききそう。

テロ活動と対テロ作戦の攻防、あるいは戦争などの大きな暴力そのものが子どもの遊びの
延長のようなことかも、という皮肉を読み取ってしまったりもする。
それで人がとてつもなくたくさん死んでるからシャレになってないよ…。

2013年7月1日月曜日

かっぱブーム

ここのところ、ごまめは河童に夢中。

きっかけは、河童が主人公の、とあるアニメ映画。
もらったばっかりなのに、もう10回近く見てるんじゃないだろうか…。


時は現代、郊外の住宅地が主な舞台で、小学校や駅、コンビニなんかも出てくるし、
それらの描写がかなりリアル。
今風な言葉づかいの会話と相まって、童話や昔話、異世界のファンタジーよりも更に
身近に感じられるのかもしれない。

かっぱくんがおうちに遊びにきてくれたらどうする?と聞いてみたら、
「いっしょにつみきのでんしゃであそぶ。」と即答。おしゃべりもしたいんだそうだ。

あんまりかっぱかっぱ言うので、家の絵本棚をあさってみたところ…
いたいた、いましたよ。


絵本好きの友人にも聞いてみたら、うれしいことに3人が3人とも何かしら持っていて、
貸してくれた。ありがたや。




ブームついでに、『かっぱの生活図鑑』なるものも注文してみた。
届くのが楽しみだなー。

最初はトトロのような「唯一の架空のキャラ」か何かかと思っていたらしい父に、
Wikipediaの解説を見せつつ、鬼とか天狗とかと同類の、昔からのお馴染みさんなんだよー
と説明した。
そういえば、オランダではこういう妖怪じみた親しみのあるヤツのことを聞かない。
魔女と一緒に駆逐されてしまったか。

…てなわけで、こんなものも食卓に。