2013年7月15日月曜日

1冊の本

親子関係をさかのぼる話を書いたら、思いのほか反響があり、「うちはこんなだったな…」
と、自分の身を振り返ってかいつまんで伝えてくれた友人が何人かいた。
改めて、ありがとうございます。
そういった「生の声」を聞かせてもらったり、本やネットの掲示板を読んだりしていると、
全員とは言わないが、実に多くの人が、大なり小なり何らかの寂しさや傷を抱えながら、
それと一緒に生きているんだな、ということがわかってくる。

そうやって、折り合いつけて乗り越えて前に進んでゆける人と、事あるごとにつまづいて
しまう人と、どこに違いがあるのだろう。
親や過去のせいにばっかりしていては、何も変わらないんじゃない?という意見もわから
なくもない。健気に這い上がれる人がたくさんいるのもわかる。
単純に、受けた傷の深さや状況の悲惨さと関連するのかとも思うが、状況の受け止め方や
持って生まれた気質によるところもあるかもしれない。

友人のひとりに、私の母の無関心エピソードをいくつか披露したところ、唖然としつつ、
「でも、ちゃんとやってくれてたんじゃないの?5時起きでお弁当作ってたって言ってた
じゃない。」と。
うん、さすがに子どもの食事の支度はやってくれていた。それすら放棄されたら、保護を
求めてどこかに駆け込むレベルかも…。そこまで極悪ではなかった、ってだけのこと。
衣食住には事欠いてなかったし、進学も下宿も旅行もさせてもらえたけど、それでもなお
何かが絶対的に欠けていたと感じてしまうことは、おかしいかな?

今の今まで忘れていた。
自分を好きになる本』という本をもらったこと。

いろいろな歪みが噴出した学生時代、抑うつ症で一時休学したことがあるのだが、その際も
「そばにいたら共鳴して(?)引きずられるから」と、最低限の食事の用意と通院付き添い
以外はノータッチ、コミュニケーションはほとんどなかった。
受診の後になぜだかポロポロ泣けてきたときも、小さいタオル一枚手渡されただけ。
温かい言葉も包容もあったもんじゃない。
(初夏〜夏だったから、暑苦しかったのかな?…なんて好意的に捉えてみたり ^^;)
そんな母にも、というか、そんな母だったからこそ、私の自己肯定感が低いこととそれが
育ちに起因することは痛いほどわかっていたのだろう。で、『自分を好きになる本』。

振り返ってみれば、ぶっちゃけ、あんま沁み入ってこなかった…。
例えて言うなら、インフルで寝込んでいるのに、「ここに雑炊の材料あるからね(自分で
作ってちょ)」とアッサリ言われるような。
買ってきてくれたことはありがたいですよ、でも…的な。

本当は、どんなによく書けた本よりももっとうんと効きそうなものがあったんだ。
理解と慰めの一言とか、肩や背中をたったひと撫でとか…。
(あのN先生が瞬時に察知して与えて下さったようなもの…。)
でも、母にはどう頑張っても与えられなかったんだろう。
母自身もつらい時期だったろうし(あなたよりお母さんの方が入院した方がいいですよ!
と医者に言われた)、そう割り切って、受け止めてもらえなかったことを許すもよし、
許さないもよし。自分の中で折り合いさえつけられれば、先に進んで行ける、のかな。

「欠落した部分にフォーカスするのはどうかな? 足りないものじゃなく、今あるものに
意識を向けようよ」という声もある。
それもわかる、わかるんだよ…。子どもがいなかった時は、そんな感じでだましだまし、
どうにかいけてたんだ。
でも、我が子を目の前にして、まさか同じことを反芻してしまうのか…?という恐怖に
さらされたら、そうなる前に解明しないと!!と、切羽も詰まるってもんです。

自分を育てよう」なんてさらっと書いちゃったけど、我が子の子育て同様、一筋縄には
いかないなー。


デジカメ本体のメモリーから、すんごい前の写真が出てきた。こまめ2才。
「ぽや〜んとしつつも、きかん気が強い」という気質がすでに表れてますな。

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