2011年9月26日月曜日

小さな摩擦

今朝、こまめのクラスへ粘土工作のヘルプに行ってきた。
お手伝いの人手が足りておらず、ごまめも一緒でもいいとのことだったので、それならば…と
名乗りをあげたのだ。

教室前の廊下に机と椅子が出してあり、4人ずつ作業できるようにセットしてあった。
白と赤の2色の粘土で壁飾りをつくって、バザーで保護者に買ってもらい、今期のテーマで
あるアフリカの、恵まれない子ども達のために募金するのだという。
もう一人のお母さん(仮にAさんとしよう)と、二人一組で担当することになった。

最初のグループには、こまめと、Aさんの娘さんのA子ちゃん、そしてあと男の子が二人。
コネコネ、ペッタンペッタン…
すぐテーブルにへばりついてしまう粘土を相手に苦戦しつつも、楽しく作業していた。
全員いっぺんに説明する時や、他の3人の子に個別に話しかけるときはオランダ語で、
こまめに個人的に「こうしてごらん」と手を添える時はいつものように日本語で。

ふと、Aさんが、「オランダ語で話してくれないと」と言った。
聞き間違いかと思って、一瞬「ハ?」と固まってしまった。
「何て言ってるの?」とA子ちゃん。
「わかんないわよね、中国語なんか。失礼だわ」とお母さんであるAさん。

つまり、こまめにもオランダ語で指示しろ、と言っているのである。

そこで、「あ、すみませんね〜、ついいつものクセで☆」とかなんとか言って軽く流して
オランダ語に切り替えられたらよかったのだが、なぜだかグッと詰まってしまい、それ以降
こまめの作業が終わるまで、一言も話しかけられなくなってしまった。
何なんだろう?

通常、学校の内外で、グループ全体に話しかける時やこまめが他の子と遊んでいる時なんかは
「みんなが相手」というつもりでオランダ語で話している。
注意事項なんかは、まずこまめに日本語で言ってから他の子にもわかるようにオランダ語で
言い直すこともあるし、「そろそろ帰る仕度しないと」みたいなことは日本語で、「じゃあ
帰るね〜バイバイ」のところはオランダ語で、というふうに分けたりすることもある。
たぶん、周りのお母さん達や子ども達も文脈やシチュエーション的になんとなく見当がついて
いたんじゃないかな、と想像する。
お母さん仲間との雑談はもちろんオランダ語。
親戚の集まりなどでも同じような感じだ。
父が「今おまめは○○って言ってる」と説明役に回ってくれたりすることもあるので、日本語で
言いっぱなしのことも多い。
そんな感じでこれまで通してきた。

同席する人のために、こまめにオランダ語で話すこと自体は時には必要だと思っている。
が、今日のツッコミは、自分に取ってはなんだかとても不自然で、素直に反応することが
できなかった。これも私の意固地さゆえなのだろうか?

話していた内容は「もうちょっとこねて」とか、作業の手順のみ。
ひそひそと他の子の作品を見やったり、関係ない私語をしていたのではない。
それは、ちょっとした想像力があれば、誰が見ていてもわかったと思う。
それでも、脇でささやかれる外国語が不愉快だったのだろう。

家庭言語を公の場に出すな!というニュアンスから、移民排斥傾向のある政党が数年前に提唱
していた「公道ではオランダ語を話すこと」という法令の提案に通じるものを感じてしまった。
(幸いそんな人権や自然の理を無視したアホな法令はできとりゃしませんが)

Aさんにとっては、中国語だろうと日本語だろうとどっちだって大差ないことは明らかだ。
アラビア語やトルコ語だって同じように反応していただろう。
では、仮に私が金髪白人で英語やフランス語を話していたら?
同じように「失礼ね」と言われていただろうか?
…などと思うのは、少々深読みしすぎか。

もしかして、今まで私が周囲のオープンマインドな人達の好意に甘えていただけで、実は私が
こまめに堂々と日本語で話しかけていることを苦々しく思っている人はもっと大勢いたりする
のだろうか?…と少々不安になってきた。
母の母、つまりこまめの日本のおばあちゃんですら「なんで日本語教えるの?」とか言い出す
くらいだもんなー。

まあ、私に対して投げかけられた言葉としては、こんなのが大事件に思えるくらい平和で友好
的で恵まれた環境にいる証、と受け止めている。

ただひとつ気がかりなのは、価値観の伝達ということ。
きっと、A子ちゃんは、お母さんの反応によって、我が子に母国語で話しかける外国人=他所
の価値観を固持する失礼な人、という風に刷り込まれてしまうような気がする。
自分が移民でなかったとしても、なんだか残念だな。

こまめの仲の良いクラスメート達(ハーフの子も、そうでない子も)はみんな、こまめが親と
日本語で話すことを「そういうもん」として自然に受け止めてくれており、その柔軟で豊かな
感性に改めて感謝する次第である。

さて、皆さんは、どう思われますか?
遊びの場で、身内の団らんの場で、習い事の場で、朝の学校の廊下で、よくわからない外国語を
話す親子がいたとしたら?(或いは、親子間で方言丸出し)
その親子が、他人に対してはその国/土地の言葉で意思疎通することができているとしたら?
やっぱり疎ましく思われますか?

3 件のコメント:

  1. 読んでいるだけで、私の方があまたに血が上って来ました。と言う訳で、私はアドバイスできる立場にないようです。
    私だったらどうしちゃったかなあ。おまめさんみたいに軽く受け流すことができたかな?幸いにも私は同じ目に会ったことはないんです。
    私だったら、「もうちょっとこねて」、とか言ってたのよとAちゃんに言いながら、おかあさんには、「中国語じゃなくて日本語です。我が家の教育方針場、私は子供と話す時は日本語以外では話すことができません」って言っちゃったかも。それで相手はどういう反応をするでしょうね。
    その御母さんは、特に嫌な人ですよね。自分の人生に不満があるのでしょうか。その一端は移民のせいだとこじつけたいのでしょうか。ただ、自分より弱そうな人には誰にでもいちゃもんつけたいのでしょうか。でもその人がごく普通の見識ある人だとしたら、もっと悲しいですね。
    ほんと、まとまりつかなくてごめんなさい。

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  2. ごめんなさい、追加です。
    夫の両親は、子供達が赤ん坊の時、私が子供達に日本語で話すこと、私と子供が日本語で会話すること、兄弟同士が日本語で会話することが許せなくて、夫に言ったり私にも何度かわからないよなとど嫌味を言い続けてきましたが、最近はあちらが諦めてもう何も言いません。何度転校しても子供達がフランスの学校で良い成績というのも安心したのかもしれません。フランス語でも口が達者ですし。
    一度大げんかになって、夫からもはっきりと、「子供の教育に口出ししないで」と言ってもらったのが良かったと思います。
    「はっきり言って、バイリンガル教育なんて興味ない、私は私の子供と私の言葉で話したいだけ、世界のどこに住んでいても当たり前の権利、夫も同じこと、結果、子供がバイリンガルになるだけ」って私もどなりました。
    ま、身内でなければそこまでバトルする必要もないですよね。他人が我が家の教育に口をはさむなって。

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  3. >garapyさんへ
    コメントありがとうございます!
    「皆さんはどう思われますか」と書きつつも、garapyさんの反応をピンポイントで
    期待しておりました(笑)
    そして、期待通り、大いに励まされました〜☆
    「あまたに血が上って来た」だなんて、文字通り、よっぽどカッカされてたん
    ですね(笑)

    日本にいながらこの記事を読んでくれている人達にも考えてみてほしいことです。
    おそらく、日本だと、その外国語が中韓東南アジアの言葉か、英語に代表される
    西洋人の言葉かで反応が分かれそうな気もしています。
    (無言の自粛強要や蔑み、はたまた羨望や自己卑下、など)

    garapyさんは、お身内で修羅場をくぐり抜けて来られたのですね。
    父母兄弟の結束が固ければ、外野の雑音と無視できることもあるでしょう。
    言語や教育方針に限らず、子育て全般につけ、日本人同士でも大いにありうる
    衝突=「価値観のズレ」ですね。
    一生のつきあいである身内だからこそ、ハッキリ言っておいた方が後々の為に
    なるのでしょうね。お見事です!

    追記(続編の記事)をアップしてありますので、また見ていただければウレシイ
    です!

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