2011年2月14日月曜日

此岸/彼岸

明日は父のお母さんの命日である。
父のお母さん、つまりこまめ&ごまめのオランダのおばあちゃんは、こまめがまだ2ヵ月の
赤ちゃんの頃、乳癌で亡くなった。

お母さんが入院先の病室で最後の誕生日を祝っていたちょうどその時、奇遇なことに、母は
こまめのお産を迎えていた。
結局こまめが生まれたのはその翌日だったので、お母さんとは1日違いの誕生日となった
生後4日目のこまめをお母さんの腕に抱かせるために車で向かい、無事に対面が叶ったが、
お母さんの容態はその後好転することはなく、最期は自宅で皆にお別れをしてから、消極的
安楽死(*)という形であの世に旅立たれてしまった。享年68歳。
そして、教会でのお葬式の後、市の墓地に埋葬されたのだった。

かつてオランダでは、埋葬が一般的であった。
遺体を棺に入れたまま、焼かずに墓地の土中に埋めるのである。
統計資料によると、約100年前には100%埋葬であったが、火葬も1970年代より徐々に一般的
になり、近年では6割近くの人が火葬を選んでいるようだ。

さて、お葬式の後は、特に法事などで親族が集まったりすることもなく、お墓参りですらあまり
することがないまま月日が過ぎた。
日本では、近しい人を亡くした場合、命日以外にもお盆やお彼岸などお墓参りをする機会が年に
何回もある。実際お墓に参らずとも、お仏壇にお線香を上げたり、遺影に花を供えたり、色々な
形で喪の悲しみを癒していく。
たいして信心深くもない母でさえ、そういう感覚が宗教というより風習として染み込んでいる
ので、事あるごとに「お墓参りに行こうか?」と父を誘ってみていたのだが、なんだかんだと
お茶を濁してはぐらかされることも多かった。
そういう私も、近所のお墓ならともかく、隣の市まで高速道路を使ってわざわざ出かけなくては
いけないので、自分と子ども達だけで行くのもなあ…と、結局この5年間に数えるほどしか参って
こなかったのだった。

さて、お母さんの5周忌である。
せっかくなので、近い身内で集まってお墓参りでもしたら?と、提案してみた。
私自身は親戚付き合いにはそれほど積極的ではないが、亡くなったお母さんの思い出を共有して
喪失感を癒したいという欲求がまだまだ父の内に残っているように感じられたからだ。

そこで、父の二人の弟一家と、亡くなったお母さんの妹である叔母一家、計3家族に声をかけて
みることにした。
最初は「それはいい考えだ」と皆乗り気だった。
そのうち、引越が済んだばかりの弟一家新居訪問も兼ねよう、ということになり、揚げ句の
果てには、お墓参りは省いて、昼食一緒に食べるだけにしよう、ということになってしまった。
聞いてみると、どうも皆でお墓参りはしたくないという。これには驚いた。

亡くなった人と心の中で対話することは確かに個人的なことである。
が、墓前に皆揃って元気な様子を報告するのも供養のうち、そうすることで喪失感も和らぐはず…
と考えた自分は、やはり異なる文化的背景を持っているのだと思い知らされた。
無宗教で個人主義の父世代はともかく、熱心に教会に通い、集うこと・分かち合うことの大切さ
を熟知しておられるはずの叔母さんまでもが辞退された時、これはもう何かが決定的に違うのだ
と思わずにはいられなかった。

でもまあ、こうやって集まれるのもお母さんのお導き、と気をとりなおして昼食会に臨んだ
が、お母さんの話がひとことも出なかったのには更に驚いた。
話題は弟一家の新居のことや仕事のこと、計6人いるこまめ世代のいとこ達のこと、等々。
お母さんの命日をきっかけに集まることにしたというのに、お母さんの思い出について触れる人
は誰ひとりいないのである。
同席していたお父さんの新しいパートナーに気を遣っていたのかもしれない。
それにしてもあんまりだと思ったので、帰り際、お墓に供えたのと同じお香を焚かせてもらった。
「あなた方のお母さまに。」と言い添えて。
(訳:あんたらのおかんのためやねんで!)

「此岸」と「彼岸」。
仏教の世界でこの世とあの世を言い表す言葉だが、異文化の中に身を置く者として、また別の
意味での「こちらがわとむこうがわ」について考えさせられたのだった。

写真は、3週間ほど前にこまめが突然「おばあちゃんに」と言って作ったカード。
命日の話などまだしていない頃だったので、とても驚いた。
「Lieve Oma(だいすきなおばあちゃんへ)」と書いてあり、お星さまになったから、と星を、
それから花やハートなどを、こまめのやさしい気持ちのありったけで描いてある。
会った記憶もないおばあちゃんなのに。


(*)消極的安楽死:
延命措置などの治療をストップする形で間接的に死期を早めること。
薬物を投与したりするのは「積極的安楽死」と呼ばれる。オランダではどちらも合法。

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